役立つガラスの用語集
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アイリッシュ・カットグラス
18世紀後半からアイルランドでさかんに製造されるようになったカッ
トグラス。多くのイングランドのカットグラスエ場が税制上有利なこの
地に移ったため、イングランド製と区別のつきにくいものも多いが、次
第にアイルランド独特のスタイルがつくられるようになった。日本のカ
ットグラスにも影響を与えたと考えられている。

あられ文
断面がV字型をした工具を使って格子状に線を掘り込んで、先のとがった
ピラミッド形のカットを一面にあらわしたもの。ダイヤモンド・カット
ともいう。カットの間隔をせまくして彫られた細かいあられ文を魚子
(なまこ)文と言う。

板ガラス
板ガラスは古来から窓ガラスや鏡の材料として重要な製品であり、さま
ざまなつくり方が試みられてきた。明治初年に導入された円筒法がある、
これは吹き竿の先に大量のガラス種を巻いて細長い長い風船状に吹き
両端を開くか切るかして円筒をつくり、縦に切れ目を入れて延展炉の中で
加熱して軟らかくなったところを平らに押し開く方法である。
だが板ガラスをつくるには他のガラス器よりも格段に高度な熟練技術と
設備を必要とし、この製法によって日本で板ガラス生産が軌道に乗るには
30年以上の年月を要した。その後建築材料としての需要がますます
高まるにつれて技術革新が図られ、機械化、自動化がすすんで、
今日では熔けた錫の上にガラスを流して平滑な板ガラスをつくるフロート法
が主流となっている。


色被(き)せガラス(被せガラス)
何色かのガラスを2層あるいはそれ以上に重ね合わせたもの。透明ガラ
スの外側に色ガラスを合わせたものが多い。これにカット、グラヴユール
などを行って上層のガラスを部分的に削りとり、地のガラスとの色の対
比によって文様をあらわす方法としては、吹き竿の先の透明ガラスに
色ガラスの固まりを溶着して包み込む方法、型の中に色ガラスを吹きこみ、
さらにその内側に透明ガラスを吹き入れて取り出し成形する方法、
透明ガラスの玉の上に坩塙(るつぼ)の色ガラスを巻き取る方法などがある。
異なるガラスを重ねるには膨張係数をあわせなければならず、むずかしい
点がある。古くローマ時代から行われ〈ポートランド・ヴァーズ〉のような
カメオ・グラスや、アール・ヌーヴォー期のガレらの作品に多用された。
日本では幕末の薩摩切子をはじめとして、明治以降も優れた色あわせの
カットグラスが作られた。


エツチング
ガラスを侵蝕する強力な酸によって文様を彫り込む方法。フッ化水
素酸、あるいはフッ化水素酸と硫酸の混合液を使用する。ガラス面
にワックスなどを塗って保護膜をつくり、部分的にはがして酸に浸すと
そこだけ侵蝕されてガラス面に凹凸ができる。侵蝕の度合いは酸の濃度
や浸す時間によって調節することができる。比較的新しい技法だがグラ
ヴュールよりも簡単にガラスを彫ることができるため、アール・ヌーヴ
ォーの時代にはガレやドームらが色被せガラスにこの方法を使った装飾
的な製品を量産し、一世を風靡した。わが国では品川硝子で外国人技師か
ら伝えられ、ここで習得した宮崎竹次郎が明治25(1892)年頃に
はこれを専門に行っていたという。また外山順三も明治20年以前から
研究をすすめ、やがて宮内省に納品するほどになった。製品は灯火具の
笠や食器類が多く、明治末年には蝋(ろう)を塗った面に模様を彫り
込む機械が導入されて量産が始まった。なおこの酸による
腐蝕はガラス面を艶消し状に仕上げたり、カットの仕上げに
光沢を与える際にも利用されている。

江戸切子
江戸時代末期、薩摩藩で作られた薩摩切子に対して江戸で作られた
と考えられているカット製品の呼称。

A品川硝子において英国入枝師からカット技術を学んだ伝習生たち(山
田栄太郎、酒井六三郎、池田助七、高野清二郎、大橋徳松、黒田作太郎、
八重田常吉、今村仁之助ら)を主なルーツに、彼らの多くの弟子を通じ
て受け継がれてきた東京地方のカットグラス。カットは手作業により行
われ、昭和60年度に東京都の伝統工芸品に指定された。

エナメル絵付け
ガラス面に色ガラスの粉末からなる顔料を油で溶いて塗り、陶器の上絵
付けと同じように低温で焼き付ける装飾法。顔料によって焼き付け温度
が異なるものがあるため、数色を使う場合には何度かに分けて焼き付け
を行う。ローマ時代から行われ、イスラムのモスクランプなどに優れた
作品が残る。日本では明治時代に松浦玉圃らが苦心して研究を行い、白
色顔料によって電球の記号やコップの線模様などを入れるのに用いられ
た、大正時代には橘硝子製造所で装飾的な製品がつくられた。


円筒吹き→板ガラス

オパルセントグラス
乳白色の一種で、半透明のオパールのような色調を見せる物
調合によっては光線の薄い加減で青や黄に色味がかって見える


花縁(はなぶち)
ガラス製品の口縁部が輪花形あるいはそのバリエーションで、花弁の
ような装飾的な形にカットされたり、整えられたもの。

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型押し
軟らかい状態のガラスと型とを押し付けあって、型の模様や形をガラス
にうつして成型する方法。プレスド・グラス プレスガラス)。江戸時代
には響(かんざし)の飾りなどごく一部に行われていたが、品川硝子で
洋式の製法が導入され、明治時代後期には複雑な模様をもつ型押しの
食器類が普及し、海外にも輸出された。近代的なプレスド・グラス技術は
19世紀初頭にカットグラス製品のコピーを量産するために開発されたもので、
模様のある型の上に熔けたガラスを置き、上部からプランジャーとよばれる内
型を強く押し付けてガラスを外型に、なじませた。この場合、置くガラス
の量や型の温度適切かどうかで、出来上がりの製品に大いに影響する。
なお型吹きとは異なって、容器の内型の形に対応する。
また、複雑な形の製品にはいくつのも分解できる割型使われている。


型吹き
パリソン(吹き竿に巻き取ったガラスに空気を吹き入れたもの)を型に
入れ、空気を吹き込んでガラスを型になじませ、その模様や形をうつし
とる手法、ガラスの内側も型の模様に沿ったものとなる。ローマ時代に
吹きガラスが始まるとほぽ同時に考案され、これによって複雑な模様を
もつ製品も簡単に量産できるようになった。型の材質は石、鉄、銅、木
などさまざまで、複雑な形や模様の場合には割型が使われる。

カット・グラス
ガラスの表面を研磨剤と水をつけながら回転円盤(グラインダー)によ
って彫り込み、文様をあらわしたもの。具象的な模様を彫り込むグラヴ
ュールとは異なり、幾何学的な文様構成が特徴。円盤は断面の形やサイ
ズがさまざまあり(V字、U字、水平)、その選択によってカットのパタ
ーンが左右される。ローマ時代からひろく行われ、近世には17世紀
イギリスでこの技法に適Lた鉛クリスタルグラスが開発されて特にさかん
にこの技法が普及していった。東京の伝統的なカット・グラスの製作
手順としては、デザインにあたりをつけたガラスに鉄製、石製の回転円
盤を使って金剛砂の粒子を細かくしていきながら粗磨り、石掛けを行う。
そして最後に桐や柳でできた木製の円盤に房州砂のような磨き粉をつけ
て研磨し、ときにはフェルトの同転車(バフ)や毛ブラシ盤でつや出し
て仕上げた。現在では鉄・石製円盤のかわりにダイヤモンド・ホイールを
利用したり、最終の研磨工程をフッ化水素酸と硫酸の混合
液に浸す酸磨きとすることが多い。


ギヤマン
ポルトガル語(diamante)、オランダ(diamant)からきた言葉。はじめのうちは
柘榴石やダイヤモンドなどの硬石をあらわしたが、これを
使って彫ったダイヤモンド・ポイント彫りや、さらにグラヴュールをも
ギヤマン彫りと称し、やがてこれらの技法で装飾されたガラス製品その
ものをギヤマンと呼ぶようになった。また19世紀初頭になると、従来の
和製の粗末なガラス(びいどろ)にくらべて、舶来ガラスのように無色
透明で丈夫な製品をギヤマンという言葉であらわすようになった。

金赤(紅)ガラス
金によって発色させた、ルビーのような明るく鮮やかな赤色ガラス。
金を王水(塩酸と硝酸の混合液)に溶かして原料を加え、コロイド発色
させる物で、ドイツのヨハン・クンケルが17世紀前半に、開発した。
幕末に薩摩で試みられたが成功しなかったらしく明治時代に品川硝子で
行われ品川出身者の大重伸左衛門らはこれを被せガラスにしてグラヴュ
ールを施したみごとな製品を残している、明治・大正時代の装飾的なガ
ラスに多く利用されている。

金彩
ガラス面に金を使って行う彩色。金の塩化物を硫黄、テレピン油などと
混ぜた水金をガラス面に塗り、低温で焼き付ける方法は明治時代にも行
われている。伝統的な技法には、金と水銀のアマルガムを焼き付けて金
を定着させる方法や、油や膠(にかわ)で溶いて塗るだけで焼き付けを行わ
ない方法もある。後者の場合は簡単にはがれるが、溶剤のいかんによって
は多少長持ちする。


金泥(きんでい)
金粉を膠(にかわ)で溶いたもの。これをガラス面に塗り文様を描くが、焼成を行
なはない為、容易にはがれやすい。

グラヴュール
小型の銅製グラインダーで研磨剤と油をつけながらガラス面に彫刻を施
したもの。英語ではウィ―ル・エングレイヴィングという。さまざまな
種類、大きさのグラインダーを駆使して複雑な文様を彫ることができ、
肖像のような写実的な表現も可能である。この技法は水晶彫りに使われ
ていたのを、16世紀末頃ボヘミアでカスパー・レーマンがガラスヘの
応用を始め、ボヘミア、ドイツなどで優れた作品がつくられた。日本で
もこれをまねたものが江戸時代にもみられる。明治時代になって品川硝
子に招かれたイギリスのエマニュエル・ホープトマンによって本格的な
技法が伝えられ、摺り模様とよばれた。高度な技術と手間が必要なため、
カット用の設備を使って花模様などをグラヴュール風に彫る、簡易な
「花切子」のほうがひろく行われた。日本で明治時代に行われた
グラヴュールあるいは摺り模様は、ボヘミアなどの製品に見られる
立体的な彫りは少なく、多くがアブレードとよばれるごく浅い彫りの
種類である。


コアガラス
古代エジプトやメソポタミアでさかんに行われた技法で、土など作った
コア(芯)のまわりに熔けたガラスを幾重にも巻きつけ、冷却後、中の
コアを取りの除いて容器としたもの多くは表面に色の異なるガラス糸を
巻き、柔らかい内に尖った道具で規則的に引っかいて美しいマーブル状
の文様を作り出している。

腰切子
コップなどによくみられる、容器の下半分に文様を彫ったり平切子を行
うもの。

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薩摩ガラス
幕末に九州の薩摩藩でつくられたガラス。ここでのガラス製造は島津家
27代藩主、島津斉興によって弘化3年(1846)年に開始され、つづく
斉彬の代に大きく発展した。江戸からびいどろ職人の四本亀次郎を招
き、当初は薬瓶の製造を目的としたが、五年後には藩の科学者たちと
協力して紅色のガラスをつくりだしたと伝えられる。その後、
安政2(1855)年には郊外の磯という場所に大がかりなガラス製造設備が築かれ、
その他の様々な工場群とともに集成館とよばれるようになった。
ここでは紅ガラス製造竈四基(銅赤ガラス用2、金紅ガラス用2)、水晶ガラス
(クリスタル・グラス)製造竈1基、板ガラス製造竈一基、鉛ガラス製造
竈大小数基があったと記録されている。またここを見学したオランダ人
医師ポンペによれば、安政5年当時、百人以上がガラス製造部門で働いて
いたということからも、かなり大規模なガラス製造が行われていたこと
がわかる。同年に斉彬が没した後もその事業は継続されたが文久3年
(1863年)に集成館は薩英戦争で消失した、だがガラス製造はその
後も近くで再開され、明治初年まで続いたという。
製品の種類は記録されているだけでも、種々の器物(薬瓶・切子を施した瓶や
蓋物、様々な色を交えたねじり型の瓶)板ガラスなどがあり、薩摩切子
とよばれる透明ガラスに赤や藍色の色ガラスを被せてカットを行った
製品が特に有名である。板ガラスは鋳造によってつくられ、当時の
ものと、おもわれるぶ厚い製品が残されている。多くの
色ガラスが試みられたが、薩摩製の金赤ガラスは確認されていない。


サンド・ブラスト
アメリカで一九世紀に開発された技法で、圧縮空気とともに細かい粒子
を吹き付け、ガラス面に疵をつけて艶消しの状態にしたり、彫刻を行う
もの。砂浜近くの家の窓ガラスが早く、くもることをヒントに考案された
という。当初は砂が使われたが、現在ではプラスチックの細かい粒など
も利用されている。エッチング同様、もとのままに残して渚きたい部分を
マスキングして吹き付けを行うが、粒子の大きさ、圧力の度合い、時間
などによって効果を加減でき、かなり繊細な模様も表現できるようになった。
この技術は明治時代に導入されている。



品川硝子
明治6年(1873)に英国人技師を招いて東京の品川に設立された最初
の洋式ガラスエ場を興業社といったが、これが経営難で明治九年に工部省
に買い上げられて18年まで官営で運営され、再び民営にうつされて
25年まで継続した。官営時代にはその名称が品川硝子製造所、品川工作
分局などとたびたび変更されたほか、民営時代の名称も異なるため、
全体を「品川硝子」の通称でよぶことが多い。品川硝子は外国人ガラス
技師を何人も招聘し、彼らによって舶来吹きが伝えられて多くの日本人
技術者を育てたことで、日本の近代ガラスエ業の基盤を形づくる大きな
役割をはたした。



徐冷(じょれい)(なまし)
高温で成形されるガラスは、固化するときにガラス内部と外部の冷却温
度差による歪みを生じる。これはガラスの厚みが厚いほど大きく、その
ままでは少しの衝撃で壌れてしまうため、できあがったガラスをいった
ん加熱してから時間をかけて徐々にさまし、この歪みを除去することを
徐冷という。これはガラス製造には欠くことのできない手順で、正しく
行わないと丈夫で実用的なガラスをつくることはできない。江戸時代に
は徐冷技術の普及が遅れ、それが長いあいだ実用的なガラス製造をさま
たげる原因になった。西洋式の設備ではある程度厚みのある製品は専用
の徐冷炉で、一昼夜ほどかけてさますが、江戸時代や明治時代前期には
灰を入れた大きな箱に埋めてなましを行う方法が一般的だった。


セレン赤ガラス
金属セレンと硫化カドミウムによって着色された、燈色がかった色相の
赤色ガラス。セレンを使った赤色ガラスは19世紀末にドイッで開発さ
れたが、日本で実用化が始まったのは大正時代のことである。またセレ
ンはガラスのすぐれた消色剤としても利用されるようになった。


ソーダ石灰ガラス
現在、板ガラスや日用の瓶などに利用されている一般的なガラスで、珪砂、
ソーダ灰、石灰石を主原料とするもの。古代から天然ソーダを使ってつ
くられ、原料が安価なことや成形のしやすさからガラス製造の主役だっ
た。もっとも、日本の江戸時代と明治時代前期は鉛を多量に含んだ組成
が行われ、ソーダ石灰ガラスは明治10年代から次第につくられるよう
になった。

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ダイヤモンド・ポイント彫り
ダイヤモンドのようなガラスよりも硬い材料を使って、ガラス表面に模様を
彫り込む技法。線を彫るスクラッチングと、微細な点描だけで表現
するスティップリング技法とがあり、前者は特に16世紀ヴェネツィアで、
後者は17世紀オランダでさかんに行われた。日本にも江戸時代にもた
らされ、柘榴石などを使って線彫りをしたと思われる作品がつくられ
ギヤマン彫りと呼ばれたが、その後装飾法としてひろく行われるには至ら
なかった。


玉切子
水玉模様のカット。断面がU字型した回転円盤にガラスを押し付ける
だけで、簡単に切ることができる。


宙吹きガラス
吹き竿の先に巻き取ったガラスを型を使わずに空中で吹いて成形'
するもので、吹きガラス本来の自由で伸びやかな造形が可能になる。
他のガラス溶着したり、ハシやハサミいろいろな道具を使うなどして・
に成型することができる。

ちろり
本来は銅、錫、真鎗などでできた酒の燗をするための筒形の道具で、
上部に取っ手と注ぎ口がつく。ガラスのちろりは土瓶型をした、
注ぎ口と上部に取っ手を持つものをさし、冷酒を入れるために用い
たと思われる。江戸時代の製品では優美な注ぎ口をもつ福砂屋所蔵
のちろりが有名である。ガラス問屋加賀屋久兵衛の幕末から明治初
期の引札には同様なものが「薬灌」として、また横に取っ手がつい
た急須型の製品が「器瓶子」として掲載されている。


銅赤ガラス
銅の酸化物を加えて発色させた暗い赤色の色ガラス。薩摩切子の赤色は
この銅赤ガラスとされている。

トンボ玉
江戸時代から使われていた言葉で語源は明らかではないが、模様のある
ビーズ一般をさして使われている。トンボ玉は紀元前の時代から装飾品、
護符、また交易の道具として世界各地で特徴のある製品が作られるており
その系譜をたどることで交易や文化交流のあとを知り得る貴重な資料でもある
日本でも古墳から西アジア方面のものと思われる玉が出土している。
トンボ玉の模様は限りなく変化に富むが、アイ・ビーズと呼ばれる
目玉模様の玉は魔よけとして各地で大事にされた。また非常に手のこんだ
モザイク・ガラスを埋めこんだビーズも地中海沿岸でさかんにつくられた。
近世にはヴェネッィアやオランダでつくられたビーズが植民地へ大量に運ばれ、
貨幣の代わりとして奴隷貿易を支えたという歴史もある。
江戸時代には大坂方面を中心にさかんにつくられ、根付け、緒締めや
髪飾りなどに利用されて、珍しい玉はたいへんな人気だったという。

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長崎ガラス
江戸時代に長崎でつくられたガラス。中世にほぼ断絶していた日本のガラス
製造技術は、近世以降は長崎を基地としてあらたな発展をはじめ、
ここから京、大坂、江戸へと技術が伝わったと考えられている。18世紀
初頭には長崎土産にあげられていることからも、その盛況のようすが窺がえる。
長崎系ガラスとよばれるものの特徴は、宙吹き技法を生かした形態をもち、
無文で、濃い藍色を使う例が多いなどの点である。流れるような美しい
ラインをみせる鶴首徳利やちろりはその代表的な製品と考えられているが、
長崎ガラスに限らず、江戸時代のガラスや生産地や時代
判断する明確な基準はまだ明らかになっていない。

魚子文(ななこ)はあられ文を見てね

鉛ガラス
鉛を多量に含むガラス。17世紀イギリスでレイヴァンズクロフトによって
開発された透明度の高い鉛クリスタルガラスが有名だが、古代中国
や江戸時代の日本でもつくられた、ソーダガラスよりも、低い温度で熔
かすことができ、軟らかいためにカットなどの加工に適する。しかも光沢
があり曲折率が高いので、カットを行うと深い輝きが得られる。江戸
時代のガラスはときに50パーセントを超える鉛を含有する。一般に非
常に重く、叩くと金属的な音がする。


乳白色ガラス
酸化錫、蛍石、骨灰などの乳濁剤を加えてコロイドを発生させたガラス。
明治時代からランプや電灯の笠に「石笠」とよばれる乳臼色のガラス
製笠がつくられたが、これには輸入のクライオライト(氷晶石)や蛍石
が使われた。また氷コップなどで乳白色のさまざまな模様が入った製品
は、模様をつけた型に温度変化に反応する組成のガラスを吹き込み、型
に接した部分と凹部との色を変える仕組みである。骨灰を入れたガラス
を再加熱によって白くする方法はフランスのラリックも行っている。


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舶来吹き
明治時代になって新たに始まった西洋式のガラス製法。品川硝子に招か
れた英国人技師によって伝えられ、伝習生を介して各地に広まった。
テクニックや道具ばかりでなく、ガラスの組成、窯の構造、燃料など、
近代ガラス製造にかかる全般的なシステムが導入された。具体的には
ソーダガラス、連帯窯、石炭燃料、グラインダーによるカットやグラヴュール、
型押しなど。


花切子
カットに使う石製のグラインダーを巧みに使って花模様などを彫ったもの。
一見グラヴュールのようにみえるが、より簡単に模様をつけること
ができるため、タンブラーなどにさかんに応用されている。


バラスター・ステム
杯の脚部(ステム)が、建築に使われる手摺り子(バラスター)のよう
にゆるやかに膨らむ曲線をもつもの。主にイギリスでつくられた杯にみら
れる形。

バリ
プレスガラス製晶の型の合わせ目にはみ出た余分なガラス部分の俗称。
同じ俗称で地域によって意味が異なる場合がある。


火切り
吹き竿から切り離した容器の口縁部などを、窯の火にかざすことで滑ら
かに仕上げる方法。

平切子
平擦りのこと、鉄板あるいは回転する砥石の側面に、研磨剤を付けて摺
平面上のカットを行なったもの

ビリ・肌荒れ
プレスガラス製品の欠陥のひとつで、表面に皺がよったりして平滑ではない
状態をいう。ガラス種を加工するさいの型の温度が不適切なときに発
生する。和製のプレスガラスに多い。地域によってはビリとはガラスのひ
びをさすこともある。

ファセット
カット文様の一種で、深い溝を彫り込むのではなく、ガラスを浅い平面
状に削りながら模様を形成したもの。

ファン・スカラップ
カット文様の一種。ボウルなどの口縁部を、小さな扇をめぐらせたよう
なかたちにカットしたもの。


吹き込みー型吹きをみてね。


火舎(ほや)
石油ランプ(ガス灯の場合もある)の口金^バーナー)にセットされる
筒状のガラス。口金から入った空気を温めて燃焼を助ける重要な役目を
もち、バーナーの種類によって竹ボヤ、いもボヤといった異なる形が使
われた。ホヤはすぐに煤けるためこまめに掃除する必要があり、壊れや
すい事から明治時代のガラス産業の重要品目だった。この上に笠
(シェ―ド.グロープ)をかぶせて光を和らげるが、この笠を外ホヤとよぶ
こともあった。


ポンテ
ポンテ竿。無垢に金属でできた棒状の道具、先端に熔けたガラスの小塊をつけ
吹き竿で成形した、ガラスの底部つけて吹き竿を切り離し口部を仕上げたり、
様々な最終的な成形を行なうたに使う。この棒を取り外したあとに残るざら
ざらした痕跡をポンテマークという。

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マーブル模様
地になるガラスの上に異なる色の紐状のガラスを幾重にも巻き付け、軟
らかいうちに鉤状の道具で等間隔に引っかくと、華やかな縞目模様がで
きる。メソポタミアやエジプトで古代から行われていた技法。

水金(みずきん)
陶磁器の上絵付けにも使われる絵の具で、金の塩化物に硫黄、テレピン
油などを混ぜたもの。低温で焼成して定着させる。


脈理(みゃくり)
ガラスの内部に筋状の不均質があらわれたもの。調合原料の不良、溶解
不良(温度や時間の不足)耐火物の侵食などの原因でおこる。

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矢来文
広い間隔で斜め格子を切り込み、間に地の部分を四角く残して竹矢来の
ような模様をあらわしたカット。地の部分に魚子文を彫った文様はイギ
リスではストロベリー・ダイヤモンドとよばれ、江戸時代のカットグラ
スにもよく使われた。


鋳着(ようちゃく)
ガラス本体がまだ熱いうちに別のガラスを接着させる方法。紐状のガラ
スを巻き付けて装飾にしたり、取っ手や脚をつけるのも錯着による。ガ
ラスどうしを完全にくっつけるには双方を同じ温度に保つ必要があり技
術を要する。

ラスター彩色
ガラスの表面に金属酸化物を含む顔料を塗り、焼き付けて玉虫色の色彩
をあらわしたもの。一〇世紀前後のイスラム・グラスに多用されている
ほか、近代ではティファニーやロェツの作品が有名。明治末期からは旭
硝子合資会社や橘硝子製造所でもこの技術が行われたという。


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和吹き
舶来吹きに対して、江戸時代から伝わるガラスのつくり方をさした
言葉、たとえば履トひとつ入りの小型の窯で木炭を用いて少量の鉛ガラ
スを溶かし、小さな瓶やぽんぴんを拭くといった小規模な家内工業生産方法


割方
プレスガラス、あるいは型吹きに使用する型の一種で、複雑な形を一度
につくるときに使う。型をいくつかに分けて蝶番などで留めてあり、成
形後かんたんにガラスが型から取り出せるように工夫されている。
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